小さく悲鳴を上げてしまった穂香を、穴織が驚きの表情で見つめている。「え、白川さん? どうやってここに?」『この娘、ワシらの張った結界をすり抜けてきたようだ』いつもは人懐っこい穴織の瞳が、とたんに鋭くなった。穴織は、右手に持っている武器に話しかけているように見える。「ジジィ、どういうことや?」『じじぃ言うな、こわっぱめ。先代御当主様と呼ばんかい!』(えっと……穴織くん、武器と話してる?)穂香は、今まで読んだマンガの知識を総動員した。(これは、ようするに『話す武器』ってこと?)しかも、『先代御当主様と呼べ』と言っているので、あの武器には穴織のご先祖様の意思なり魂なりが宿っていると推測できる。(いやいやいや、少年漫画の主人公みたいな人が出て来ちゃったよ!? 恋愛ゲームだよね、これ?)気がつけば、真っ赤な穴織の瞳が、まるで不審者でも見るように穂香を睨みつけていた。「白川さんは、敵か?」『さぁな。今の段階ではなんともいえぬ。ただ、この学園内でおかしなことが起こっているのは確かだな』「まぁ、その怪異を解決するために俺が派遣されたからな……」穴織達はコソコソと話しあっているが、なぜか穂香にははっきりと聞こえた。もし、レンがここにいたら、『これもこの世界の仕様です』と言いそうだ。会話を整理すると、穴織はこの学校で起こっている不思議な事件を解決するために転校して来たらしい。(これって、もしかして、穴織くんが学校内の怪異ってやつを解決したら、ゲームクリア扱いされて、私が告白されなくても、この世界から脱出できる可能性ないかな? 逆に穴織くんに敵認定されたら、即ゲームオーバーになりそうな気もするけど……)穂香と穴織が、お互いに『どうしたものか』と見つめ合っていると、穴織が先に視線をそらした。「とりあえず、白川さんの件は保留や」『娘の記憶は消しておけ。騒がれると面倒だ』「分かった」まっすぐこちらに歩いてきた穴織の表情は硬い。穂香は逃げようとしたが、足が地面に縫い付けられたように動かなかった。穴織の人差し指と中指が、そっと穂香の額にふれる。ふれられた箇所がじんわりと温かくなっていく。「白川さんは、ここでは何も見なかった」怖いくらい真剣な穴織の顔がすぐ近くにあった。徐々に薄れていく意識の中で穂香は『これって失敗!? やり直しになるの?』とあせっ
「別の世界線では、穴織くんが主役になれる……。なるほど」確かに話す武器を持って化け物の戦っている穴織は、主役級のストーリーがありそうだ。そう納得した穂香は、ハッと気がつく。「じゃあ、生徒会長や先生にもそういう隠された秘密があるってこと!?」「そうなりますね」「どうして、この世界は平凡すぎる私に、そんなキャラの濃い人達と恋愛させようと思ったの!? 絶対に無理でしょうが!」頭を抱えた穂香に、レンは「深く考えたら負けですよ」と微笑みかける。「夢なのに、なかなか冷めないし……。やっぱりもうレンに好きになってもらうしかないよ」穂香が縋るように見つめると、レンの瞳がスッと細くなる。「それこそ無理だって言っているでしょう? 人の心はどうにもなりませんよ。そんなことより、せっかく穴織くんの秘密が分かったのだから、今回は諦めてやり直して、穴織くんと恋愛したらいいのでは?」「いや、怖いから無理! 私はレン以外と恋愛は無理だから!」レンは、深いため息をついた。「そもそも、私があなたを好きになるためには、あなたも私のことを好きになる必要があるのでは?」「そっか……そうだね。恋愛をするんだから、お互いに歩み寄らないといけないよね」それが分かっても恋愛経験ゼロの穂香には、何をどうしたらいいのか分からない。穂香は、改めてレンのいいところを探してみた。「えっと、素敵なメガネですね」「それってもしかして、私をほめて仲良くなろうとしています?」「うん」「でしたら、もっと他に言い方があるでしょうに、まったくあなたという人は……」レンのあきれた視線が穂香に刺さる。「だって私、付き合ったことはもちろん男友達すらいたことがないんだって! だから、私に恋愛は無理だって言っているのに……」うっかり涙ぐむと、レンはまたため息をついた。「あなたに恋愛経験がないことくらい知っていますよ。でも、ここは恋愛ゲームの世界なんですよ? 難しく考えずゲーム感覚で頑張ってみては?」「ゲーム感覚……ということは、レベル上げとか?」穂香の言葉を聞いたレンは「と、言うと?」と言葉の先をうながす。「ほら、ゲームってレベルを上げたら強くなるでしょ? だから、私は女子力レベルを上げて、レンの好みの女性を目指すのはどうかな?」「なるほど」「で、レンの好みは『積極的に問題を解決する人』だよね?
レンと並んで通学路を歩いていると、風景が変わった。【同日 昼/教室】「うわっ、お昼まで飛ばされた!?」驚く穂香の横で、レンが考え込むように腕を組んだ。「恋愛に繋がるイベントが何も起こらなかったということですね」「そ、そうなんだ」「そもそも、サポートキャラの私との恋愛イベントが、この世界に存在するのかすら怪しいですが」「うっ、それを言われたらつらい! でもだからこそ、自分でイベントっぽいことを準備して来ました」穂香は鞄の中からお弁当を2つ取りだした。「すごい食欲ですね」と言うレンにひとつ渡す。「それはレンの分だよ」「私? いえ、私は食べません」「そんなこと言わずに! せっかく持ってきたんだから」半ば無理やりお弁当を押し付けると、レンはしぶしぶ受け取る。「……うーん……」お弁当のフタを開けたものの、食べようとはしない。穂香は、卵焼きをお箸で掴むとレンに差し出した。「はい、あーん」「怒りますよ?」「そんな怖い顔しないでよ! これでもレンに好きになってもらうために頑張ってるんだから」必死な穂香に戸惑ったレンは、遠慮がちに口を開けた。そのまま、パクッと卵焼きを食べる。無言で咀嚼するレンを、穂香は心配そうに見つめた。「どう?」「味はいいですね」「うんうん、そうだよね!」レンは「あとは、私がお腹を壊さないかですね」と深刻な顔をする。「失礼な……大丈夫だよ。それ作ったの私じゃなくてお母さんだから」穂香はふと視線を感じて振り返った。そこでは、すごいものを見てしまったというような顔で穴織がこちらを見つめていた。「あ、穴織くん?」化け物と戦っていたことが頭をよぎり、穂香の声は思わず震える。でも、穴織は昨日のことなんてなかったかのように、いつも通りだ。(そっか、穴織くんは、私の記憶を消したと思っているから、私もいつも通りにしないと)穂香がニコッと作った笑みを浮かべると、穴織は大げさな動きで頭を抱えた。「自分ら幼なじみとか言って、ガッツリ付き合ってるやん!」「付き合ってないよ」否定した穂香のあとにレンも続く。「付き合ってませんね」「じゃあレンレンは、付き合ってない女子に、あーんで食べさせてもらったん?」「そうですね。流れで仕方なく」穴織は「こっちの学校はすごいなぁ」と感心している。「まぁ、自分らが付き合ってないならちょ
【同日 夜/自室】いつのまにかパジャマに着替えた穂香は、一人ベッドに腰かけていた。(もう夜になってる。恋愛イベントがないときは飛ばされるはずなのに、飛ばされないということは……)穂香の手元には穴織から貰ったおまじないの紙と、そのやり方が書かれた紙がある。(このおまじないが、恋愛イベントに関係あるってことだよね? でも、レンはやるなって言ってた)悩む穂香の前に透明な2つのパネルが現れた。それぞれのパネルには『おなじないをやる』『おまじないをやらない』と書かれている。(選択肢が出てきたってことは、かなり重要なイベントなんじゃないのこれ?)どちらのパネルを押そうか迷った末、穂香は『おまじないをやる』パネルにふれた。そのとたんにパネルが光り消えてなくなる。(失敗してもループするだけだから、やるだけやってみよう!)穂香はおまじないのやり方にサッと目を通す。(まず、『好きな人を思い浮かべながら針で指を刺し、おまじないの紙の中心に自分の血をつける』って、だいぶ本格的……。おまじないというよりヤバイ儀式っぽい)その紙を折りたたんで枕の下に敷いて寝ると、思い浮かべた人の夢が見れるらしい。そして、次の日に、この紙をこっそりと学校内のどこかに埋めるとおまじないが完成すると書かれている。(ふーん? これを何回も繰り返すと、夢が現実になって恋が叶うんだよね? 本当かな)針で指をさすのはなかなか勇気がいったが、やるしかないと覚悟を決めた。おまじないの準備を終わらせると、枕の下におまじないの紙を入れる。(この状態で寝たら、好きな相手の夢が見れるんだよね? 私、レンのこと、別に恋愛相手として好きじゃないけど、おまじない成功するのかな?)そんなことを考えながら穂香は、そっと目を閉じた。*穂香が目を開けると、学校の教室に緑髪の青年が佇んでいた。(レン、だよね?)どうしてそう思ったかというと、レンがトレードマークともいえるメガネをかけていなかったから。穂香に気がついていないのか、レンは教室の天井を見たり、机にさわったりしながら、首を捻っている。「夢をコントロールする機能なんて、この世界にはないはずなのに……」そんな呟きが聞こえてきた。「レン」穂香が声をかけると、レンは驚きながら振り返る。「穂香さん? まさか、本当にあのおまじないに効果があったなんて」
【同日 朝/体育館裏】通学路を歩いていたのだから教室に着くと思っていた穂香は、目の前に現れた文字を見て目を見開いた。「あれ? どうして体育館裏に飛ばされたの?」その問いに応えるように、レンがポケットから折りたたんだ紙を取り出す。「おまじないを完成させろということでは?」「あっ、そうか。おまじないで使った紙を、こっそりと学校内のどこかに埋めないとおまじないが完成しないんだったね」辺りを見回しても人の気配はない。穂香とレンは視線を合わせて頷いたあと、やわらかそうな部分の土を手で掘って紙を埋めた。「これでよし!」立ち上がった穂香は、背後から声をかけられ身体をビクッと震わす。「白川と高橋?」振り返ると真っ青な髪が、穂香の視界に映った。「せ、先生」「お前達、ここで何をしているんだ?」青い瞳は、こちらを探るように見つめている。返答に詰まった穂香の代わりにレンが答えた。「先生こそ、こんなところで何をしているんですか?」「ああ、俺か? 俺はな、生徒の監視だよ」「監視?」レンの声が低くなったような気がする。先生は「ほら、最近変なのが校内で流行ってんだろ」とため息をついた。「確か『恋が叶うまじない』だったか?」ギクッとしてしまった穂香を、レンがさりげなく背後に隠す。「お前達は、やってないだろうな?」その声は咎めるようだった。(これ、バレたらまずいんじゃ……)あせる穂香とは対照的に、レンは涼しい顔で「やっていません」と嘘をつく。「まぁ、なんでもいいが、まじないはやめとけよ」「どうしてですか?」穂香が不安そうな顔をすると、先生はしゃがみ込んで木の枝を拾い地面に『呪い』と書いた。「まじないは、漢字で書くとコレだ。ようするに、呪(のろ)いだ、呪い」「呪い……」青ざめる穂香を見て、先生は表情をやわらげる。「怖がらせて悪いな。まぁ、この世界のまじないは遊びみたいなものだから、なんの影響もないんだが念には念をだ」先生が立ち去ると、風景が変わった。【同日 昼/教室】「お昼になってる……」穂香は2つ持ってきたお弁当のうち、1つをレンに渡した。「今日も、私の分があるんですね」「嫌だった?」「いいえ、食べてもお腹を壊さないことが分かったのでいただきます」「失礼な……。だから、私じゃなくてお母さんが作ったから大丈夫だって」昨日と
「……は?」穂香のまぬけな声を無視して、レンは「ああ、言えた……やはり、そうか……」とつぶやく。「現実の私は、常に監視されていて、自分や未来にかかわることをあなたに伝えられない状態だったのです。言おうとすると、一時停止がかかり、内容を修正されます」「は、え?」レンの表情は真剣そのもので、冗談を言っているようには見えない。「今、私達が閉じ込められているこの世界は、現実世界に恋愛ゲーム要素を被せてつくられたもので、現実に影響を及ぼすことができる高度な仮想空間です」ぽかんと口を開けている穂香をよそに、レンは説明を続ける。「あなたは、この仮想空間で選ばれた相手から必ず告白されないといけません」「ど、どうして?」レンの話を聞いていると、穂香達が恋愛ゲームに紛れ込んでしまったのではなく、まるで穂香のためにその仮想空間が作られたように聞こえる。「それは穂香さんがこのままでは、人類滅亡のきっかけを作ってしまうからです」レンの話がぶっ飛びすぎていて、穂香はもう何も言えなかった。「私が住んでいる時代――あなたからすると遥か遠い未来の世界は、あと数百年ほどで、人類が滅亡します」「いや、ちょっと待って……」レンは教室の壁にかかっている時計を見ると「もう目覚める時間のようですね。思っていたより短いな」とため息をついた。「穂香さん」レンの緑色の瞳がまっすぐ穂香を見つめている。「私を信じることができますか?」*聞きなれた目覚まし時計の音で、穂香は目が覚めた。【10月9日(土)朝自室】夢の中でレンがとんでもないことを言っていたような気がする。(私が原因で、人類が滅亡する……とか、なんとか?)意味が分からないので、今すぐレンを質問攻めにしたいところだが、レンは監視されていて夢の中以外では、真実を話せないと言っていた。「とりあえず、学校に」いつもなら、ベッドから下りたら風景が変わり通学路を歩いているのに変わらない。(あっそっか、今日は土曜日だから学校がないんだ)部屋の中にいても仕方がないので、穂香は私服に着替えて玄関に向かった。姿が見えない母の声が聞こえる。「今日は早起きね。どこかに行くの?」「ちょっとレンに会ってくる」家から出た穂香は、隣のレンの家ではなく、別の方向に歩き出した。(頭が混乱しているから、レンに会う前に整理しないと。まず、
「私、レンを信じる」出会ったばかりでレンのことは何も知らない。それでも、怖がらせないために今まで一緒にいてくれた人のことを、穂香は信じようと思った。大きく目を見開いたレンの頬が赤くなっている。今度は気のせいではない。「まったく、あなたという人は……」その声はあきれているというより、どこか嬉しそうだった。「レンの話の続きを聞きたいけど、ここでは、何も話せないんだよね?」「そうです」「夢の中なら……?」「大丈夫です」「じゃあ、今から寝よう!」急いで家に戻ると、穂香は自室でおまじないの準備を始める。枕の下におまじないの紙を入れる穂香を見ながら、レンがため息をついた。「いや、あなた、今起きたばかりですよね? 寝れるはずがないでしょう?」「そうだけど、レンの話の続きが気になりすぎて! とりあえず、寝るだけ寝てみようよ。不思議な力で寝れるかもしれないし」穂香はベッドに潜り込むと、レンの腕を引っ張った。「はい、レンも寝る!」「ちょっと、何を!? まさか一緒のベッドで寝るつもりですか!?」「床で寝たら風邪ひくよ? いいからいいから」穂香はレンの両目を手のひらで覆うと、自身もそっと目を閉じた。*気がつけば、穂香は教室に立っていた。「やった! ほら、来れたよ、レン!」不機嫌そうなレンは、頬だけでなく耳まで赤い。いつものように夢の中では、メガネをかけていない。「……なんなんですか、あなたは……。いくら幼なじみ設定でも、一緒のベッドで寝るなんてありえないでしょうが!」「何怒ってるの? 今はそれどころじゃないでしょう? 早く続きを話してよ」咳払いをしたレンは、気持ちを切り替えたようだ。「そうですね、今はそれどころではありませんでした」「そうだよ! それで私のせいで、人類が滅亡するってどういうことなの?」「正確には、あなたのせいではありません。ただきっかけを作ってしまうだけです。あなたは、このまま普通に生きていくと、大学でとある男性に出会い、結婚する予定でした」穂香は、急に未来の旦那様の話をされて戸惑った。「そ、そうなんだ」「その男性は、のちに画期的で、便利な発明をします。詳しくは言えないのですが……。そうですね、この時代の物で例えるならば、パソコンやスマートフォンといったような、誰にでも簡単に使えて、生活にかかせないようなものです
(私に何か特別な才能があるなんて、思ってもみなかった)レンの言葉の続きを待つ穂香に、期待と不安が入り混じる。「【あなたが選んだパートナーを、最高に幸せにできる】という才能だったのです」「……え? なんかパッとしないね?」「そうですか? あなたに選ばれた未来の旦那様は、幸せすぎてうっかりオーパーツを作ってしまうくらいですからね。究極の幸福状態と言えるでしょう」究極の幸福状態と言われても、穂香にはよく分からない。「これは、あなたがもし、政治家を志している人と結婚すれば、夫が幸せすぎてうっかり世界征服をしてしまう……そんなレベルの才能です」「え、ええー……私の能力って、幸せにするだけでしょう? 幸せなだけで、そんなことができるのかなぁ?」「結論から言うとできます。ただ、幸せな気分でいるだけで、人はなんでも出来てしまうし、何にでもなれてしまうのです」「ふーん。だったら、仮想空間とか、恋愛ゲームとか、こんなめんどくさいことをせずに、私とその人を会わないようにすれば済むんじゃないの?」レンは、ため息をついた。「もちろん、そうしました。しかし、あなたが他のパートナーを選ぶと、やはり、世界に何かしらの大きな影響が出てくるんです。……先ほどの例え話のように」「もしかして、さっきの『政治家が世界征服する』って話は……」「様々な検証の過程で実際に起こりました」「う、うわー……」ドン引きしている穂香から、レンは視線をそらした。「正直に言いますが、あなたを抹殺するという案もありました」穂香の背筋に冷たいものが走る。「でも、それは不可能でした。なので、私を含めた未来人達が、あなたに危害を加えることはありません」「それは、どうして?」「なぜなら、あなたがこの世界から消えると、人類の幸福度が2%下がるのです」「たったの2%?」「2%も、です。ちなみに、そこら辺の人を無差別に1000人くらい消しても、幸福度の数値は少しも変わりませんからね? ようするに、あなたがいなくなったら、地球の2%がなくなると思ってください。事の重大さが分かりましたか?」「は、はぁ……な、なんとなく」正直にいうと、話が壮大すぎて付いていけていなかったが、穂香は『とりあえず最後まで聞こう』と思った。「そういうわけで、私達はあなたを生かしたまま、人類の滅亡を阻止するため、適切なパ
穴織の姿が見えなくなると、風景が変わる。【同日 夜/自室】(あれ? 次の日まで飛ぶかと思ったら、まだ夜だ。ということは、何かイベントが起こるかも?)しかし、もう夜も遅いので、涼はもちろんのこと、サポートキャラのレンもいない。(私は何をしたらいいの?)部屋の中を見渡すと、机の上におまじないの紙を見つけた。(これ、前に使ったやつだ。おまじないは、この紙を学校のどこかに埋めたら終わりって涼くんが言ってたっけ)ということは、このおまじないは、まだ終わっていないということ。(もしかして……)穂香は使用済みのおまじないの紙を枕の下にもう一度入れた。ベッドに入り、目をつぶるとすぐに意識がまどろんでいく。*【夢の中】教室に、白い制服を着た涼が立っていた。それは、昨日見た夢とまったく同じ光景だった。(やっぱり! このおまじない、まだ終わってなかったんだ!)長い赤髪が風に揺れている。光る武器を持ち佇む涼は、穂香に気がついていない。『来たのか、娘よ。確か名は穂香じゃったかの?』「はい。えっと、あなたは涼くんのおじいさん、ですよね?」『まぁ、そんなものじゃな。おぬしには、特別に【おじいちゃん♡】と呼ばせてやろう』冗談なのか本気なのか分からないので、とりあえず穂香は「あ、ありがとうございます」と返した。「じゃあ、おじいちゃん。涼くんは、どうしたんですか?」
「穴織くん、いらっしゃい。ど、どうぞ」「……お邪魔します」脱いだ靴を綺麗にそろえるところに、穴織の育ちの良さがうかがえる。 「私の部屋は2階で……」「あの、白川さん。今、部屋の中に、レンレンがいたような気がしてんけど?」「あ、うん。ちょうど遊びに来ていて……」穴織は「白川さんの、その発言が嘘じゃないことに驚くわ」とため息をついた。「と、言うと?」「だって、白川さんは今日、学校を早退したんやで? 俺も今、抜けてきたところやし…。レンレンがここにおるの、おかしくない?」穴織に嘘はつけない。穂香は本当のことを言うしかなかった。「そのことだけどレンは、登校したら私達が校門で話していて怪しかったから、今日は学校を休んだって言っていて……」「ふーん」こちらに向けられた探るような眼差しがつらい。「わ、私の部屋はこっちだよ」部屋に案内すると、部屋の中からレンが良い笑顔で手を振った。「穴織くん、いらっしゃい」「うぉい!? 白川さんの部屋やのに、自分の部屋のごとく、めっちゃくつろいでるやん!?」穴織からのツッコミを、レンは「穂香さんとは、幼馴染ですので」の一言で片づける。穂香も「本当にレンは、ただの幼馴染で……」と伝えると、穴織に「分かっとる、分かっとるけど……幼馴染って、こんな距離感が普通なん?」ともっともな質問をされてしまった。「さ、さぁ?」
穴織は「ところで……」と咳払いをする。「さっきも聞いたけど、白川さんは見えないものが見えるだけじゃなくて、ジジィの声も聞こえてるねんな?」探るような視線を向けられた穂香は、素直に「うん」とうなずいた。「え? マジで?」サァと穴織の顔から血の気が引いていく。「俺、なんか変なこと言ってなかった?」「ううん、言ってないよ。でも、穴織くんって何者なの? 嘘が分かるっていってたよね?その『ジジィ?』さんも……」穴織が「あ、あー……」と言いながら困ったように頭をかいた。「うん、まぁ、全部は話されへんけど、話せるところは話すわ。でも、ちょっと待ってほしい。今は、この学校で起こってることを調べなアカンから……」「分かった。私は帰ったほうがいいかな?」「うん、そのほうが助かる! あとで電話するわ」明るい笑顔で手をふる穴織に、穂香が手を振り返すと風景が変わった。【同日 昼/自室】(あっ、学校から家の自室まで飛ばされてる)レンが「おかえりなさい」と微笑んだ。「穂香さん、今日は早かったですね。学校を早退してきたんですか?」「うん。今、学校でおかしなことが起こっていて。って……レンはどうしてここにいるの!?」「登校したら、校門であなたと穴織くんがバラがどうとか言っているのを聞いて、何かヤバそうだなと思い、即、帰宅しました」「……そこは、私のために『サポートしてやるか』的な流れにはならないんだね」
穴織は、穂香の腕をつかむと、人がめったに来ない非常階段の踊り場まで連れて行った。「何が目的や?」冷たい声だった。「お前……白川さんに成り代わってんのか? それとも、『白川穂香』なんていう生徒は、初めからおらんかったんか?」「え?」穂香が、戸惑いながら穴織を見つめると、サッと視線をそらされた。「ほんま、最悪や。警戒していたはずやのに、いつの間にか心を許して、友達やと思ってた……」胸ポケットからは『むしろ、それ以上の好意が芽生えそうじゃったからな。いや、もう手遅れか? 最悪の初恋じゃのう』とのんきな声がする。無言で胸ポケットを叩いた穴織は、ハッとなった。「もしかして、ジジィの声も、ずっと聞こえてんのか?」穴織は、胸ポケットから光る武器を取り出した。小さくなっていた武器は、取り出したと同時に元の大きさへと戻る。「どこからが計画や」穂香が一歩、後ずさると、穴織は一歩近づく。「どうして、俺に近づいた? 早く言わんと……」壁際まで追い詰められた穂香は、穴織から放たれる殺気のようなものに圧倒されて声すら出せない。(い、言わないと、殺される!)なんとか声を絞り出す。「……ぁ、わ、私……」穂香は、自分が恋愛ゲームの世界に閉じ込められていることを話した。
【同日 朝/生徒会室前】(生徒会室までとばされてる)生徒会室の扉もバラの花で飾られていた。(穴織くんは、中にいるのかな?)穂香が生徒会室の扉をノックしようとすると、背後から口をふさがれ、後ろに引っ張られた。すぐに耳元で「なんで来たん! 白川さん!」と怒った声が聞こえる。「穴織くん? だって」「だってやない!」穂香が素直に「ごめんなさい」と謝ると、穴織は「あっいや、俺もごめん」と言いながら拘束を解いてくれた。「そりゃ気になるよな。ちゃんと説明できんくてごめん」どこか悲しそうな顔をしている穴織に、「ううん、私のほうこそごめん」と再び謝る。「俺な、ちょっとやらなあかんことがあって……。白川さんを巻き込みたくないねん」「……分かった」穂香は、もう一度「ごめんね」と伝えると、その場をあとにした。とたんに風景が変わる。【同日 朝/3階廊下】(学校の3階に飛ばされてる?) 3階には、3年生の先輩方のクラスがある。(どうしてこんなところに?)不思議に思って辺りを見回すと、黒髪の女子生徒がおまじないの紙を握りしめていた。(あの先輩も、おまじないをしたんだ)きっとおまじないに頼りたくなるくらい好きな人がいるのだろう。(女子生徒って久しぶりに見た気が……あれ?)恋愛相手しか見えないこの世界で、女子生徒が見えるという違和感。(見えるということは、あの先輩はモブじゃなくて、重要なキャラってことだよね? でも、恋愛相手ではないということは……)穴織は、おまじないをこの学校に広めた人物を探している。そして、穂香がその犯人候補になっていた。(私は無実だから、じゃあ、この先輩がおまじないを広めた人ってことなのかな?)そうではなかったとしても、重要な人物には変わりない。穂香は先輩に気づかれないように、そっとその場を離れて穴織の元へ向かった。まだ生徒会室前にいた穴織に駆け寄り「怪しい人を見つけたよ! 3年の先輩で」と急いで報告する。この時の穂香は、犯人らしき人を見つけた喜びで頭がいっぱいになっていた。戸惑う穴織の腕を引っ張り、先ほどの先輩がいた教室の近くへと連れていく。黒髪の先輩をこっそりと見せると、穴織の胸ポケットから『わずかだがあの娘から瘴気が溢れておる』と聞こえたので、穂香は嬉しくなった。(これで私が無実だと証明できたかな? お役に立てた
【同日 夜/自室】(学校の教室から、夜の自室までとばされてる。これは、もう早くおまじないをしろってことだよね)穂香の目の前におまじないをするかしないかの選択肢が現れたが、迷うことなく「する」を選んだ。(確か、この紙を枕の下に入れて寝るんだっけ?)枕の下におまじないの紙を入れてから、穂香はベッドに仰向けになった。これで好きな人の夢が見れるらしい。(そんな都合のいいことが……。たぶん、起こるんだろうなぁ、ここは恋愛ゲームの世界だし)目を閉じると、すぐに眠りに落ちていった。*【夢の中/教室】(あっ、無事に夢が見れたみたい)教室には、穂香の他にもう一人いた。(誰だろう?)真っ白な服に、同じく真っ白な帽子をかぶっている(軍服のような、着物のような……)白い軍帽の下では、長い赤髪が風に揺れていた。切れ長の赤い瞳に冷たい横顔。それは、確かに見覚えがあった。「もしかして、穴織くん?」穂香の問いかけに反応して、こちらをふり返った人は、確かに穴織の顔をしている。しかし、その顔からは表情が抜け落ちていた。「えっ? 穴織くん、だよね?」うつろだった赤い瞳の焦点が、徐々に定まり「……白川さん?」と呟いたとたんに、いつもの穴織の顔になる。「どうして、白川さん
【同日 昼休み/教室】(朝の教室から、お昼休みの教室に飛ばされてる)穂香が教室内を見回すと、穴織が分かりやすく悩んでいた。いつもニコニコしている顔から笑顔が消えるだけで、だいぶ雰囲気が変わる。少し伏せられた瞳は切れ長で、その横顔は冷たそうだ。(さすが元無表情クールキャラって感じ)「穴織くん、難しい顔してどうしたの?」穂香の声で我に返った穴織は、すぐにいつもの笑みを浮かべた。「あ、白川さん……ちょうど、良かった……」ちょうど良かったと言うわりには、綺麗な赤い瞳が泳いでいる。穴織の制服の胸ポケットが淡く光り、話す武器の声が聞こえてきた。『涼(りょう)、何をためらっておる?』そのとたんに、穴織は胸ポケットを手で押さえる。(教室で急におじいさんの声が聞こえても、騒ぎになってないってことは、この声、普通の人には聞こえていないんだね)「白川さん。文化祭のことで話があるねんけど、ちょっといいかな?」穴織に手招きされ、穂香は一緒に廊下に出た。「白川さん、これ知ってる?」穴織が持っている紙は、たった今、穂香がレンからもらったおまじないの紙と同じだった。「あっそれ、女子の間で流行っている、おまじないに使う紙だよね?」「そう! 白川さんって……これやったことある?」「ううん、ないよ」穴織の胸
真っ赤な顔の穴織は、「白川さん。ちょっとそこで待っててくれる?」と言いながら、通路の角に駆けていった。しばらくすると、穂香の耳元に穴織の声が聞こえてくる。(え? この距離で声が聞こえるっておかしくない?)もしかすると、恋愛ゲームをうまく進められるように、ひそひそ話が聞こえるようになっているのかもしれない。穂香は、心の中で『穴織くん、立ち聞きしてごめん!』と謝った。「ジジィ、おいジジィ!」『朝からうるさいのぉ』穴織が『ジジィ』と呼んでいるのは、話す武器だ。「なんかおかしいねん! 俺、白川さんに魅了されてないか?」『はぁ? 穴織家の血を受け継ぐ者に、魅了術なんか効くわけあるまい』「そ、そうやんな……でもっ」『なにを小娘一人に動揺しておる? 前の学び舎には、もっと綺麗な娘がたくさんいたであろう?』「いや、あいつらは論外やで。急にケンカをふっかけてくるし、俺が勝ったら穴織家の血が優秀やから、俺との子どもが欲しいとか、めっちゃ気持ち悪いこと言ってくるし!」会話の流れでなんとなく穂香は、穴織が前の学校で美少女ハーレム状態だったことを察した。(穴織くん、モテモテだったんだ。でも、相手にしていなかったみたい。それって恋愛に興味がないってことだよね? そんな人とどうしたら恋愛できるの?)穂香の不安をよそに、会話は続いている。『その綺麗どころを片っ端から無視して、顔色一つ変えずに淡々と任務だけをこなし、冷徹機械人形と呼ばれていたお前が、今さら何をあせっておるのだ?』「そ、そうやねん! 今まで他人なんか気にしたことなかったし、今回も潜入のために『普通の学生』を調べて演じてただけやねんけど……。演じているうちに、普通の生活の楽しさに目覚めてしまったというか……」少し間を空けて、穴織の真剣な声が聞こえた。「白川さんと話してたら、俺、本当に普通の人になれたみたいで、なんかめっちゃドキドキする……」『まだまだ青いのぉ。浮かれて気をぬくでないぞ。あの小娘の正体は、まだ分かっていないんじゃからな』「そうやけど……いや、そうやな」穴織の言葉を聞きながら、穂香は『なるほどね』と納得した。(穴織くんは、今まで特殊な環境で生きてきたから『普通』に強く憧れているんだね。だから、ものすごく普通な私に、こんなにも好意的なんだ)よくできた愛され設定だと、穂香は感心する
風景が変わり、穂香の目の前に日付が現れる。【10月7日(木)朝/自宅玄関】「うわ!? 騒いでいる間に、次の日になっちゃってる!」 慌ててレンの姿を探しても見当たらない。「嘘でしょ!? 私を穴織くんと2人っきりで登校させる気なの⁉」昨晩『ようやく恋愛ゲームになってきました』と喜んでいたレンならやりかねない。穂香がおそるおそる玄関の扉を開けると、家の門付近に赤い髪の青年が見えた。(う、うわ……穴織くん、本当にいるよ)穂香がどうしたものかと悩んでいたら、こちらに気がついた穴織が人懐っこい笑みを浮かべて片手を上げた。「白川さん。おはよー!」「う、うん。おはよう……」穴織の爽やかさに圧倒されながらも、穂香はなんとか挨拶を返す。「じゃあ、行こうか!」そう言って穂香の隣を歩き始めた穴織は、本気で一緒に登校する気のようだ。【同日 朝/通学路】「……えっと。穴織くん、急に一緒に登校しようって、どうしたの?」穂香が思い切って尋ねると「え? 迷惑やった?」と逆に聞かれてしまう。「いや、迷惑ではないけど……」「じゃあ、いいやん! あ、レンレンとは、いつもどこで合流するん?」穂香は、穴織をまじまじと見つめた。「どしたん?」大きく息を吐きながら、穂香は胸をなで下ろす。「そっか……。穴織くんは、3人で登校するつもりだったんだね……」「え?」「おかしいと思ってたんだよ」いくら『敵かも?』と疑われているとしても、いきなり2人きりで登校しようなんて攻めすぎている。(私とレンと穴織くんで登校するつもりだったから、あんなに強引だったんだ)穂香が「今日は、レンいないよ」と伝えると、穴織は「え? なんで?」と驚いている。「私が、穴織くんに誘われたってレンに言ったから、レンが勘違いして気を利かせてくれたんじゃない?」「気を利かせるって?」「その、デ、デート的な? 2人きりで登校したいって勘違いしたってことだね、たぶん?」誤魔化しながら伝えると、穴織の顔がカァと赤くなった。「あ、ちがっ!」「大丈夫、大丈夫。私は勘違いしていないし、ちゃんと分かっているから」「そ、そうなん? でも、レンレンは勘違いしてんねんな? なんか、ごめんっ!」「別にいいよ」 穴織は、申し訳なさそうな顔をしている。「だって、自分ら、めっちゃ仲良いやん? 俺が邪魔してレンレ